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じゃしゅうもん
邪宗門
「東京日日新聞」1918(大正7)年10~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,184 字 · 79 页
その思いもよらない事と申しますのは、もう花橘のと時鳥の声とが雨もよいの空を想わせる、ある夜の事でございましたが、その夜は珍しく月が出て、夜目にも、朧げには人の顔が見分けられるほどだったと申します。若殿様はある女房の所へ御忍びになった御帰り途で、御供の人数も目立たないように、僅か一人か二人御召連れになったまま、その明るい月の中を車でゆっくりと御出でになりました。が、何しろ時刻が遅いので、人っ子一人通らない往来には、遠田の蛙の声と、車の輪の音とが聞えるばかり、殊にあの寂しい美福門の外は、よく狐火の燃える所だけに、何となく鬼気が身に迫って、心無い牛の歩みさえ早くなるような気が致されます。――そう思うと、急に向うの築土の陰で、怪しい咳の声がするや否や、きらきらと白刃を月に輝かせて、盗人と覚しい覆面の男が、左右から凡そ六七人、若殿様の車を目がけて、猛々しく襲いかかりました。
と同時に牛飼の童部を始め、御供の雑色たちは余りの事に、魂も消えるかと思ったのでございましょう。驚破と云う間もなく、算を乱して、元来た方へ一散に逃げ出してしまいました。が、盗人たちはそれには目もくれる気色もなく、矢庭に一人が牛のを取って、往来のまん中へぴたりと車を止めるが早いか、四方から白刃の垣を造って、犇々とそのまわりを取り囲みますと、先ず頭立っ