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かなづち
鉄鎚
夢野 久作
「新青年」1929(昭和4)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,659 字 · 62 页
私の得意は簿記よりも電話であった。
叔父に電話をかけて来るお客の声を、モシモシのモの字一字で聞き分けたり、受話機の外し工合で男か女かを察したり、両方から一時に混線して来た用向きを別々に聞き分けて飲み込んだりする位の事はお茶の子サイサイであった。世間の人間はみんな嘘を吐く中に、電話だけは決して嘘を伝えない。自分の持っている電気の作用をどこまでも、正直に霊妙にあらわして行くもの……というような、一種の生意気な哲学めいた懐かしみさえおぼえた。殊に電話は、あらゆる明敏な感覚を持つ名探偵のように、時々思いもかけぬ報道をしてくれるので面白くてしようがなかった。それは誰に話しても本当にしてくれまいと思われる電話の魔力であった。
受話機を耳に当てる瞬間に私の聴覚は、何里、もしくは何百里の針金を伝って、直接に先方の電話機の在る処まで延びて行くのであった。その途中からいろんな雑音が這入って来ると、このジイジイという音はこちらのF交換局の市外線の故障だ……あのガーガーという響きは大阪の共電式の電話機と、中継台との間に起っているのだ……というようなことが、経験を積むにつれて、手に取るように解って来た。