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かなづち
鉄鎚
夢野 久作
「新青年」1929(昭和4)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,659 字 · 62 页
「……買え買え。きょうの後場はもっと下るかも知れないが構わずに買え……外電のキューバ島の空前の大豊作は嘘だ……」
私はこの意味がちょっと解らなかった。ただ、この頃、製糖会社の株をシコタマ背負い込んでいる叔父がどんな顔をするだろうと思いながら、そんな株の暴落した数字を心持ち大きく書いて示すと、叔父はいつもの通りに一渡り見まわしながら、何喰わぬ顔をしてゴクリと唾を飲み込んだ。この調子で行くと叔父は殆んど破産に近い打撃を受けるであろう事が、その石みたいに冷え切った表情で察しられた。
けれどもその表情をジッと凝視しながら、机の端を平手で撫でていると、何故ともなく私の頭の中で或る暗示が電光のように閃めいたので、私は思わず鉛筆を取り上げて叔父が眼を落している机の上の便箋にこう書いた。
「今朝の各新聞に出ているキューバ糖の大豊作の予想は虚報だと思います。浪華朝報社では、キューバ糖が、何者かに依って大仕掛けに買い占められつつある事を探知しているようです。会社の相場主任猪股氏はきょうの後場で買いにまわっている事が、たった今電話の混線で……」
ここまで書いた時叔父は、私の手をピッタリと押えた。