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かなづち

鉄鎚

夢野 久作

「新青年」1929(昭和4)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,659 字 · 62 页

青空文庫

「あたしあなたにお話したい事があるのよ……今から伺ってもいい?……」

「エエ……よござんす……キタナイ処ですよ」

「ええ。知ってますわ。誰も居ないでしょう?」

「ええ……僕一人です。しかし……何の用ですか……」

「オホホホホホホホホホ」

私は表の扉の閂を外すと又二階に上って、あたたかい夜具にもぐり込んだ。しかし、不思議とこの時に限って、彼女に対する何等の期待も計画も浮ばなかった。ただ、頭の底にコビリ付いている残りの睡たさを貪りながら、いつの間にかグッスリと眠っているらしかったが、そのうちに小さな咳払いを耳にしてフッと眼を醒ますと間もなく、何ともいえない上品な香水の匂いが、悩ましい女の体臭と一緒にムーッと迫って来たので、一寸の間狐に抓まれたような気持ちになった。そうしてよく眼をこすって見ると、私の枕元の暗い電燈の下に、青い天鵞絨のコートと、黒狐の襟巻に包まれた彼女が、化粧を凝らした顔と、雪白のマンショーを浮き出さして、チンマリと坐っているのであった。

「オホホホホホホホ」

「……………」

×          ×          ×

彼女は私を一気に、空想の世界から現実の世界へ引っぱり出してしまった。