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ぎんさんじゅうまい

銀三十枚

国枝 史郎

「新青年」1926(大正15)年3月~5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,863 字 · 73 页

青空文庫

「……で、貴女は?」と私は訊いた。

自動車の帰って行く音がした。

「はい、妾、小間使で」

私はヌッと玄関を上った。

「うん。ところで山神は?」

直ぐ左手に応接間があった。その扉が開いていた。それは洋風の応接間であった。

「あの、お寝みでございます」

「伯爵夫人はお寝みか」

私は応接間へ入って行った。

一つの力に引き入れられたのであった。

その応接間には見覚えがあった。

佐伯準一郎氏の応接間であった。

18

爾来私達はその家に住んだ。

彼女は依然として出歩いた。あたかもそれが日課のように。

彼女は入念にお化粧をした。あたかもそれが日課のように。

毎朝牛乳で顔を洗った。

とりわけ爪の手入れをした。これにはもっともの理由があった。他がどんなに綺麗でも、爪に一点の斑点があったら、貴族の婦人とは見えないからであった。

彼女は耳髱に注意した。耳髱はいつもピンク色であった。それが彼女を若々しく見せた。

彼女は踵に注意した。いつも円さと滑らかさと、花弁の色とを保っていた。

耳の穴、鼻の穴に注意した。

だが顔色は蒼白かった。それも彼女の好嗜からであった。血色のよい赦ら顔は、田舎者に間違えられる恐れがあった。