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かぎ
鍵
谷崎 潤一郎
「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月、5月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,182 字 · 200 页
父が鼾ごえを立てている傍で、「今日はお客様が多くはないかと思って」と、そう云って私の顔色を見ている。私が何とも云わないでいると、「ママ、買い物が溜っていはしないの。………たまの日曜に外の空気を吸うて来やはったらどう?」などと云ったりしている。いったい彼女は自分一人だけの考えで云っているのか、彼から頼まれているのであるか。………彼にそんな気があったのなら、昨夜私に匂わしそうなものだけれども、何もそんな話は出なかった。………直接私には云い出しにくいので、敏子に云わせたのであろうか。それとも敏子が勝手に気を廻しているのであろうか。………ふっと私は、ちょうど今、この時刻に、あの大阪の宿で私の来るのを心待ちにしている彼の様子を思い描いた。………ひょっとしたら、ほんとうにそんなことになっているのかも知れない、―――そんな妄想まで浮かんで来たが、でもそんなことがあるはずはないと思って打ち消す。打ち消しても打ち消しても、もし待っていたらどうしよう、と、また妄想が湧いて来る。が、どう考えても今日の私はあそこまで出かける時間はない、そんなに長く家を空けるわけには行かない、せめてこの次の日曜ぐらいにならなければ、などと思う。