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かぎ
鍵
谷崎 潤一郎
「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月、5月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,182 字 · 200 页
………しかし私は、ほかにいささか気にかかっていたことがあるので、「ではちょっと、錦辺まで買い物に行って来る。一時間以内に帰るわ」と、敏子に断って、三時過ぎに家を出た。そして大急ぎでタキシーを拾って御幸町錦小路まで飛ばした。私はまず、食料品の買い出しに来たという証拠に、錦の市場で麩だの湯葉だの野菜物だのを買った。それから三条寺町まで歩いて、いつもの紙屋で大判の雁皮を十枚と表紙用の厚紙を一枚買い、それを私の日記帳の大きさに裁って貰い、皺にならないように巧く包装して貰って、買い物袋の野菜物の下に入れた。それから河原町通りでタキシーを拾って、―――いや、八百屋の店で彼を電話口へ呼び出したことも書き洩らしてはならない。「いゝえ、今日はどこにも出かけず、家にいました」と彼は云った。事によれば誘いがかかりはしないかと思っていたらしい口ぶりでもあったが、一二分話しただけであった。―――四時少し過ぎに帰宅した。(一時間より多少過ぎていたかも知れない)私は玄関の傘立ての蔭に雁皮の包みを隠し、買い物袋は台所の婆やに渡した。………病人はまだ寝ているようには見えたけれども、鼾は止んでいた。