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おしゃく
雛妓
岡本 かの子
「日本評論」1939(昭和14)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,482 字 · 53 页
料亭持前の不夜の営みはこれから浮き上りかけて来たようである。そのとき遠くの女中の声がして、
「かの子さーん」
と呼ぶのが聞えた。それはわたくしと同名の呼名である。わたくしと逸作は、眼を円くして見合い、含み笑いを唇できっと引き結んだ。
もう一度、
「かの子さーん」と聞えた。すると、襖の外の廊下で案外近く、わざとあどけなく気取らせた小娘の声で、
「はーい。ただ今」
そして、これは本当のあどけない足取りでぱたぱたと駆けて行くのが聞えた。
「お雛妓だ」
「そうねえ」
(筆者はここで、ちょっとお断りして置かねばならない事柄がある。ここに現れ出たこの物語の主人公、雛妓かの子は、この物語の副主人公わたくしという人物とも、また、物語を書く筆者とも同名である。このことは作品に於ける芸術上の議論に疑惑を惹き起し易い。また、なにか為めにするところがあるようにも取られ易い。これを思うと筆はちょっと臆する。それで筆者は幾度か考え直すに努めて見たものの、これを更えてしまっては、全然この物語を書く情熱を失ってしまうのである。そこでいつもながらの捨身の勇気を奮い気の弱い筆を叱って進めることにした。