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おしゃく

雛妓

岡本 かの子

「日本評論」1939(昭和14)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,482 字 · 53 页

青空文庫

それに今までそんなことを嘗てしたわたくしたちでもなかった。

「いけません。いけません。それはあんまりですよ」

わたくしの声は少し怒気を帯びていた。

「ばか。おまえは、まだ、あのおやじのこころをほんとによく知っていないのだ」

そこで逸作は、七十二になる父が髪黒々としつつ、そしてなお生に執したことから説いて、

「おやじは古り行く家に、必死と若さを欲していたのだ。あれほど愛していたおまえのお母さんが歿くなって間もなく、いくら人に勧められたからとて、聖人と渾名されるほどの人間が直ぐ若い後妻を貰ったなぞはその証拠だ」と言った。

父はまた、長男でわたくしの兄に当る文学好きの青年が大学を出ると間もなく夭死した。その墓を見事に作って、学位の文学士という文字を墓面に大きく刻み込み、毎日毎日名残り惜しそうにそれを眺めに行った。

「何百年の間、武蔵相模の土に亙って逞しい埋蔵力を持ちながら、葡い松のように横に延びただけの旧家の一族に付いている家霊が、何一つ世間へ表現されないのをおやじは心魂に徹して歎いていたのだ。おやじの遺憾はただそれ許りなのだ。おやじ自身はそれをはっきり意識に上す力はなかったかも知れない。