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あめ

雨

織田 作之助

「海風」1938(昭和13)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,261 字 · 44 页

青空文庫

履歴書を十通ばかり書いたが、面会の通知の来たのは一つだけで、それは江戸堀にある三流新聞社だった。受付で一時間ばかり待たされているとき、ふと円山公園で接吻した女の顔を想いだした。庶務課長のじろりとした眼を情けなく顔に感じながら、それでも神妙にいろいろ受け応えし、採用と決った。けれども、翌日行ってみると、やらされた仕事は給仕と同じことだった。自転車に乗れる青年を求むという広告文で、それと察しなかったのは迂濶だった。新聞記者になれるのだと喜んでいたのに、自転車であちこちの記者クラブへ原稿を取りに走るだけの芸だった。何のことはないまるで子供の使いで、社内でも、おい子供、原稿用紙だ、給仕、鉛筆削れと、はっきり給仕扱いでまるで目の廻わるほどこき扱われた。一日で嫌気がさしてしまったが、近いうちに記者に昇格させてやると言われたのを当てにして、毎日口惜し涙を出しながら出勤した。一つにはそこをやめてほかに働くところもありそうになかったからだ。

ある日、給仕のくせに生意気だと撲られた。三日経つと、社内で評判の美貌の交換手を接吻した。

最初の月給日、さすがにお君の喜ぶ顔を想像していそいそと帰ってみると、お君はいなかった。