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『せいきゅうざっき』をよむ
『青丘雑記』を読む
和辻 哲郎
「帝国大学新聞」1933(昭和8)年1月16日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,919 字 · 4 页
しかしこれらの観照は「悠々たる」観の世界を持つものとは言えない。人が悠々として観る態度を取り得るのは、人間の争いに驚かない不死身な強さを持つからである。著者はシナの乞食の図太さの内にさえそれに類したものを認めている。寒山拾得はその象徴である。しからば人はいかにして不死身となり得るか。我を没して自然の中に融け入ることができるからである。著者はこの境地の内に無限に深いもの、無限に強いものを認める。「悠々たる」観の世界はかかる否定の上に立つものにほかならぬ。
ところでこの「否定」は単なる否定ではない。それは著者によれば「本来の境地」の把捉である。いいかえれば「そこよりいで来たるその本源の境地に帰る」ことである。しからばその否定は否定の否定であり、従ってこの否定において没せられる我そのものがすでに一つの否定態でなくてはならぬ。著者はこのことを明白に論じてはいないが、自然と人事とを観る態度の「悠々たること」は実はここにもとづくのであり、また否定の陰に肯定のあることを関説するのもここに起因するのではないかと思う。
悠々として観る態度が否定の否定を意味すると見るとき、我々はこの書の優れたる力を充分に理解し得るかと思う。