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『せいきゅうざっき』をよむ

『青丘雑記』を読む

和辻 哲郎

「帝国大学新聞」1933(昭和8)年1月16日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,919 字 · 4 页

青空文庫

著者は朝鮮、シナの風物を語るに当たって、我を没して風物自身のしみじみとした味を露出させる。しかもこれらの風物は徹頭徹尾著者の人格に滲透せられているのである。「観る」とはただ受容的に即自の対象を受け取ることではない。観ること自身がすでに対象に働き込むことである、という仕方においてのみ対象はあるのである。我は没せられつつ、しかも対象として己れを露出して来る。ここに著者の風物記の滋味が存すると思う。

もちろん著者が顕著に個人主義的傾向を持つことは覆い難い。日本の文化や日本人の特性が批判せられるに当たって最も目につくことは個人の自覚の不足が指摘せられている点である。この不足のゆえに公共生活の訓練が不充分であり、従ってあらゆる都市の経営が根柢を欠いている。日本人はまだ都市の公共性を理解しない、これが著者の嗟嘆の一つである。しかしこのことは否定の否定が実現せられ得るためにまず第一の否定が明白に行なわれねばならぬことをさしているにほかならぬ。著者が一人旅の心を説くのも、我執に徹することによって我から脱却し、自然に遊ぶ境地に至らんがためであった。ただ我執の立場にとどまる旅行記からは、我々は何の感銘も受けることができない。