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「せいびしょう」について

「青眉抄」について

宮本 百合子

「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房、1953(昭和28)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,169 字 · 5 页

青空文庫

松園は案外そうでないものだ、と云っている。けれども、それから先は説明されていない。どんな範囲でかけるか、描けるために入用な準備はいろいろあろうが、それは鰻屋のたれ壺である。端倪すべからざる沈黙におかれている。

芸術家としての内部的発展をいうならば、画期的な作の描かれた思い出が語られている。

二十六歳に花ざかりを描いた(三十三年)画家が何故十九年の後、四十五歳で焔を(たった一枚の凄艷な絵)として(中年女の嫉妬の炎――一念がもえ上って炎のようにやけつく形相をかいた)大正七年(四十五歳)のであろうか。

その後は、境地がなごんで「天女」をかいたといううつりは何を動機としているのだろう。

「思いつめるということが、よい方面に向えば勢い熱情となり立派な仕事をなしとげるのですが、一つあやまてば、人をのろう怨霊の化身となる――女の一念もゆき方によっては非常によい結果と、その反対の悪い結果を来すものです」

女学生への訓話めいているこの言葉は、市民的素直に止って、芸術家松園の内面の紆余曲折を語りあかすには足りないのである。

同じ女が波瀾をしのいで生きるにも、画の世界と文学の世界とではちがったもののあることをも感じる。