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ひじょうのあい

非情の愛

豊島 与志雄

「中央公論」1947(昭和22)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,831 字 · 24 页

青空文庫

神子は頷いた。――私があとで聞いたところによれば、この如意拝受のことを千枝子は知らなかったが、とっさに、ごく自然にやってのけたそうである。

神子は秦の前に来た。秦は千枝子のしぐさを真似て、その通りにやった。ただ、拝受の折に、鋭くその品物を見調べた。

神子は席に戻って、読経をはじめた。もう澄んだ美声ではなく、力のこもった太い声で、それが次第に女声から男声へと変っていった。その読経は、経典なしの真の暗誦だった。経文は普通に使用される三部経のいずれでもなく、華厳経の一部だった。

童女は膝に手を置いて眼をつぶり、美春も老人も胸もとに合掌して眼を閉じていた。

秦は腹部に両手先を組んで、細目を開いていた。然し眼につくものは何もなく、先刻の如意が眼の底に残っていた。それは竹で拵えたもので、先端の雲形の代りに、小さな宝珠の群彫があった。恐らくは如意宝珠を意味したものであろうか。柄は短く、一尺ほどで、文字が彫りつけてあった。「随処作主、立処皆真」というその二句は、臨済録の真諦をなすものであって、それがへんに秦の心にかかった。彼はそこに思念を向けて、そして眼をつぶりかけた。