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ふうちそう

風知草

宮本 百合子

「文芸春秋」1946(昭和21)年9~11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,107 字 · 88 页

青空文庫

「あの樽、何か埋めていたのかい」

掘りだしたまま、まだ槇の樹の下にころがされている空樽に目をとめたりした。西日のさす側の枝から見事に紅葉しかけている楓が秋の朝風にすがすがしかった。

弁当を包んでいると、置時計を見た重吉が、俄に、

「ひろ子、あの時計あっているかい」

と云った。

「あっていると思うわ」

「ラジオかけて御覧」

丁度中間で、いくらダイアルをまわしても聴えて来る音楽もなかった。重吉は、いそいで紙片をまとめて身支度にとりかかった。ひろ子は、急にとりいそいだ気になって、

「一寸待って。わたし、まだなんだから」

もう一つ自分の弁当をつめた。その日は、ひろ子も同じ方角に出かけなければならないのであった。一緒に出かけようとばかりせき立って、ひろ子が食卓のまわりでのぼせていると、重吉が、

「ひろ子、ここが駄目だよ」

ぶらぶらしてはまらないカフス・ボタンの袖口をつき出した。洋服を着はじめてから日のたたない重吉には、あちこちで止めたり、しめたりするボタンやネクタイが苦手で、支度にはいつも閉口した。シャツのカフスがどう間違えて縫ったものか特別せまくて普通にボタンをとめてからでは手をとおしにくかった。