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ふうちそう

風知草

宮本 百合子

「文芸春秋」1946(昭和21)年9~11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,107 字 · 88 页

青空文庫

まわりでもこのとき泣いている人がどっさりあった。涙で頬をぬらしながら、なお、その身内をせき上げるような熱い轟きを追って画面に見入っているひろ子の心の視野に、丁度その隊伍の消え去ろうとするかなたから、二重映しになって一人の和服姿の男が、風呂敷包みを下げ、草履ばきでこちらに向って歩いて来るのが見えるような気がした。こちらに向って歩いて来る人物はぼっつりとたった一人である。しかし、その透明な体の影をつらぬいて、なおわっしょ、わっしょという、ときの声が響いており、ザッザッ、ザッザッという地ひびきはとどろいている。透明な影のように画面から歩み出し、しかし、くっきりと着ている紺絣までも見える人物は、出獄したばかりのイガグリで、笑っていてそれは重吉であった。重吉は一人で歩いている。「君たちは話すことが出来る」と、今は工場の広庭でかたまって話している人々の間を、重吉は歩いて来る。「君たちは話すことが出来る」円く集って話している女のひとたちのよこを、重吉は歩いて来る。ひろ子は、見ている画面が益々幾重にもなって、きのう見て来た代々木の事務所の入口に、かかげられていた横看板の字が、そこに浮んで来るように思えた。