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かぜたちぬ

風立ちぬ

堀 辰雄

序曲、風立ちぬ「改造」1936(昭和11)年12月号、冬「文藝春秋」1937(昭和12)年1月号、春「新女苑」1937(昭和12)年4月号、死のかげの谷「新潮」1938(昭和13)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,998 字 · 108 页

青空文庫

私は死者達を持つてゐる、そして彼等を立ち去るが儘にさせてあるが、

彼等が噂とは似つかず、非常に確信的で、

死んでゐる事にもすぐ慣れ、頗る快活であるらしいのに

驚いている位だ。只お前――お前だけは帰つて

来た。お前は私を掠め、まはりをさ迷ひ、何物かに

衝き当る、そしてそれがお前のために音を立てて、

お前を裏切るのだ。おお、私が手間をかけて学んで得た物を

私から取除けて呉れるな。正しいのは私で、お前が間違つてゐるのだ、

もしかお前が誰かの事物に郷愁を催してゐるのだったら。我々はその事物を目の前にしてゐても、

それは此処に在るのではない。我々がそれを知覚すると同時に

その事物を我々の存在から反映させてゐるきりなのだ。

十二月十八日

漸く雪が歇んだので、私はこういう時だとばかり、まだ行ったことのない裏の林を、奥へ奥へとはいって行って見た。ときどき何処かの木からどおっと音を立ててひとりでに崩れる雪の飛沫を浴びながら、私はさも面白そうに林から林へと抜けて行った。勿論、誰もまだ歩いた跡なんぞはなく、唯、ところどころに兎がそこいら中を跳ねまわったらしい跡が一めんに附いているきりだった。