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かぜたちぬ
風立ちぬ
堀 辰雄
序曲、風立ちぬ「改造」1936(昭和11)年12月号、冬「文藝春秋」1937(昭和12)年1月号、春「新女苑」1937(昭和12)年4月号、死のかげの谷「新潮」1938(昭和13)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,998 字 · 108 页
サナトリウムの中も、気がついて見ると、あれだけ多数になっていた患者達も一人去り二人去りして、そのあとにはこの冬をこちらで越さなければならないような重い患者達ばかりが取り残され、又、夏の前のような寂しさに変り出していた。第十七号室の患者の死がそれを急に目立たせた。
九月の末の或る朝、私が廊下の北側の窓から何気なしに裏の雑木林の方へ目をやって見ると、その霧ぶかい林の中にいつになく人が出たり入ったりしているのが異様に感じられた。看護婦達に訊いて見ても何も知らないような様子をしていた。それっきり私もつい忘れていたが、翌日もまた、早朝から二三人の人夫が来て、その丘の縁にある栗の木らしいものを伐り倒しはじめているのが霧の中に見えたり隠れたりしていた。
その日、私は患者達がまだ誰も知らずにいるらしいその前日の出来事を、ふとしたことから聞き知った。それはなんでも、例の気味のわるい神経衰弱の患者がその林の中で縊死していたと云う話だった。そう云えば、どうかすると日に何度も見かけた、あの附添看護婦の腕にすがって廊下を往ったり来たりしていた大きな男が、昨日から急に姿を消してしまっていることに気がついた。