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かぜたちぬ
風立ちぬ
堀 辰雄
序曲、風立ちぬ「改造」1936(昭和11)年12月号、冬「文藝春秋」1937(昭和12)年1月号、春「新女苑」1937(昭和12)年4月号、死のかげの谷「新潮」1938(昭和13)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,998 字 · 108 页
殆んどもう病人は癒りかけているものと思い込んでいたらしいのに、まだそうして寝たきりで居るのを見て、父はすこし不安そうな様子だった。そしてその原因を調べでもするかのように、病室の中を仔細に見廻したり、看護婦達の一々の動作を見守ったり、それからバルコンにまで出て行って見たりしていたが、それらはいずれも彼を満足させたらしかった。そのうちに病人がだんだん興奮よりも熱のせいで頬を薔薇色にさせ出したのを見ると、「しかし顔色はとてもいい」と、娘が何処か良くなっていることを自分自身に納得させたいかのように、そればかり繰り返していた。
私はそれから用事を口実にして病室を出て行き、彼等を二人きりにさせて置いた。やがてしばらくしてから、再びはいって行って見ると、病人はベッドの上に起き直っていた。そして掛布の上に、父のもってきた菓子函や他の紙包を一ぱいに拡げていた。それは少女時代彼女の好きだった、そして今でも好きだと父の思っているようなものばかりらしかった。私を見ると、彼女はまるで悪戯を見つけられた少女のように、顔を赧くしながら、それを片づけ、すぐ横になった。
私はいくぶん気づまりになりながら、二人からすこし離れて、窓ぎわの椅子に腰かけた。