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かぜたちぬ

風立ちぬ

堀 辰雄

序曲、風立ちぬ「改造」1936(昭和11)年12月号、冬「文藝春秋」1937(昭和12)年1月号、春「新女苑」1937(昭和12)年4月号、死のかげの谷「新潮」1938(昭和13)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,998 字 · 108 页

青空文庫

と私に感じられた。

そしてそういう自分の犠牲を犠牲ともしないで、自分の軽はずみなことばかりを責めているように見える病人のいじらしい気持が、私の心をしめつけていた。そういう犠牲をまで病人に当然の代償のように払わせながら、それがいつ死の床になるかも知れぬようなベッドで、こうして病人と共に愉しむようにして味わっている生の快楽――それこそ私達を、この上なく幸福にさせてくれるものだと私達が信じているもの、――それは果して私達を本当に満足させ了せるものだろうか? 私達がいま私達の幸福だと思っているものは、私達がそれを信じているよりは、もっと束の間のもの、もっと気まぐれに近いようなものではないだろうか? ……

夜伽に疲れた私は、病人の微睡んでいる傍で、そんな考えをとつおいつしながら、この頃ともすれば私達の幸福が何物かに脅かされがちなのを、不安そうに感じていた。

その危機は、しかし、一週間ばかりで立ち退いた。

或る朝、看護婦がやっと病室から日覆を取り除けて、窓の一部を開け放して行った。窓から射し込んで来る秋らしい日光をまぶしそうにしながら、

「気持がいいわ」と病人はベッドの中から蘇ったように言った。