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かぜたちぬ

風立ちぬ

堀 辰雄

序曲、風立ちぬ「改造」1936(昭和11)年12月号、冬「文藝春秋」1937(昭和12)年1月号、春「新女苑」1937(昭和12)年4月号、死のかげの谷「新潮」1938(昭和13)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,998 字 · 108 页

青空文庫

彼女の枕元で新聞を拡げていた私は、人間に大きな衝動を与える出来事なんぞと云うものは却ってそれが過ぎ去った跡は何んだかまるで他所の事のように見えるものだなあと思いながら、そういう彼女の方をちらりと見やって、思わず揶揄するような調子で言った。

「もうお父さんが来たって、あんなに興奮しない方がいいよ」

彼女は顔を心持ち赧らめながら、そんな私の揶揄を素直に受け入れた。

「こんどはお父様がいらっしたって知らん顔をして居てやるわ」

「それがお前に出来るんならねえ……」

そんな風に冗談でも言い合うように、私達はお互に相手の気持をいたわり合うようにしながら、一緒になって子供らしく、すべての責任を彼女の父に押しつけ合ったりした。

そうして私達は少しもわざとらしくなく、この一週間の出来事がほんの何かの間違いに過ぎなかったような、気軽な気分になりながら、いましがたまで私達を肉体的ばかりでなく、精神的にも襲いかかっているように見えた危機を、事もなげに切り抜け出していた。少くとも私達にはそう見えた。……

或る晩、私は彼女の側で本を読んでいるうち、突然、それを閉じて、窓のところに行き、しばらく考え深そうに佇んでいた。