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かぜたちぬ
風立ちぬ
堀 辰雄
序曲、風立ちぬ「改造」1936(昭和11)年12月号、冬「文藝春秋」1937(昭和12)年1月号、春「新女苑」1937(昭和12)年4月号、死のかげの谷「新潮」1938(昭和13)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,998 字 · 108 页
そんなときだけ、ふいと自分の傍らに気づかわしそうにしているお前を感じる。――私はそれから漸っと気を取りなおして、その薪をあらたに組み変える。
又午後など、すこし村でも歩いて来ようと思って、谷を下りてゆくと、この頃は雪解けがしている故、道がとても悪く、すぐ靴が泥で重くなり、歩きにくくてしようがないので、大抵途中から引っ返して来てしまう。そうしてまだ雪の凍みついている、谷までさしかかると、思わずほっとしながら、しかしこん度はこれから自分の小屋までずっと息の切れるような上り道になる。そこで私はともすれば滅入りそうな自分の心を引き立てようとして、「たとひわれ死のかげの谷を歩むとも禍害をおそれじ、なんぢ我とともに在せばなり……」と、そんなうろ覚えに覚えている詩篇の文句なんぞまで思い出して自分自身に云ってきかせるが、そんな文句も私にはただ空虚に感ぜられるばかりだった。
十二月十二日
夕方、水車の道に沿った例の小さな教会の前を私が通りかかると、そこの小使らしい男が雪泥の上に丹念に石炭殻を撒いていた。私はその男の傍に行って、冬でもずっとこの教会は開いているのですか、と何んという事もなしに訊いて見た。