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えきふにっき

駅夫日記

白柳 秀湖

「新小説」1907(明治40)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,989 字 · 69 页

青空文庫

憐れなる乙女は切なる初恋の盃に口つけする間もなく、身はいつの間にかこの恐ろしい毒焔の渦まきに包まれて、身動きも出来ない謗の糸は幾重にもそのいたいけな手足を縛めていたのである。「どうして大槻という奴は有名な男地獄で、もう横浜にいた時分から婆芸妓なんかに可愛がられたことがあって大変な玉なんだ」と誰やらがこんなことをいうた。

「女だってそうよ、虫も殺さないような顔はしていても、根が越後女だからな」私はこんな誣の声を聞くたびに言うに言われぬ辛い思いをした。私の同情は無論純粋の清い美しい同情ではなかった。二人の運命を想いやる時には、いつでも羞かしい我の影がつき纏うて、他人の幸福を呪うようなあさましい根性も萌すのであった。

実際千代子の大槻に対する恋は優しい、はげしい、またいじらしい初恋のまじりなき真情であった。万事に甘い乳母を相手の生活は千代子に自由の時を与えたので、二人夕ぐれの逍遙など、深き悲痛を包んだ私にとってはこの上なく恨めしいことであった。

貧しき者は、忘れても人を恋するものでない。

恋――というもおこがましいが、私にとっては切なる恋、その恋のやぶれから、言いしれぬ深い悲哀がある上に、私は思いがけない同輩の憎悪を負わなければならない身となった。