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まぞう
魔像
林 不忘
新版大岡政談
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 131,494 字 · 260 页
ただ杯の数は、すすめられても余り重ねなかった。しまいには、壁辰は手酌で呑んでいた。やがて、食事が終った。もういつの間にか、そとは恐ろしい暴風雨の夜になっていた。
「よく降ります」
「左様。風も、だいぶひどいようで」
茶の間のほうで、こんなことを言い合っているのが、台所にすわって、ひとり冷たくなった御飯を食べていたお妙に聞えて来た。自分はこんなに、御飯も咽喉へ通らないような、わくわくした気もちでいるのに、なぜあの人は、ああ落ちついていなさるだろう――お侍というものは、みんなあんなにつんとしてそっけないものなのかしら! そう思って、お妙はちょっと淋しい気がした。
と、その時だった。裏口に、ちらりと灯がさしたような気がした。油障子に、提灯の灯が動いて見えた――と思ったのである。おや! お弟子の誰かでも帰って来たのかしら? と、立ち上ろうとすると、家を吹き飛ばしそうな、恐ろしい雨風の音だ。
その雨にまじって、人声がする。おもての方らしい。低声である。
「御めん下さい。ごめん下さい」と、二三声。つづいて、「壁辰さんは、こちらですかい」
壁辰が起って行った。がらり格子をあけた。