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かまをきずいてしりえたこと

魯山人陶説

北大路 魯山人

北大路魯山人『魯山人陶説』。同一底本的分册已合并为一书。收入:窯を築いて知り得たこと、瀬戸・美濃瀬戸発掘雑感、魂を刳る美、陶芸家を志す者のために、なぜ作陶を志したか、日本のやきもの、私の作陶体験は先人をかく観る、私の陶器製作について、愛陶語録、河井寛次郎近作展の感想、河井寛次郎氏の個展を観る、陶器個展に観る各作家の味、掘出しは病気の元。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 46,780 字 · 98 页

青空文庫

利休が指導したというのは、利休が茶碗に不自由して長次郎にこういう大きさで高さはこれくらいにしてつくって貰えまいかということは言ったでしょう。自分が使ってみたいのですから……。しかし、利休の指導によって出来たということはあり得ないと思うのです。指導で人間の力はそんなにたやすくかわるものではありません。教育というものは菜園で言えば肥料みたいなもので、瓜の蔓に茄子はならぬと言いますが、瓜になんぼこやしをやったって茄子に変化するものでもなし、茄子が瓜に変ったりはしません。ただ少しうまそうな上等な瓜が出来るまでのものです。

「これはいい艶の茄子だね」

という程度のことは肥料の教育で出来ます。人間だってそうだと思います。教育は人間の肥料だと言ってよいでしょう。だから人間の場合教育を受けぬよりは受けた方がましだとは言えます。しかし、受けたからといって瓜が茄子になったりすることは決してありません。天才というのはそういうところで、秀れたものというのは、やはり持って生まれた天才でありましょう。天才というと個性ともなるのですが、個性と言っても一人一人いろいろな個性があります。