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すし

鮨

岡本 かの子

「文芸」1939(昭和14)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,272 字 · 26 页

青空文庫

、物足りなく思うようになった。そうかといって、どうかして、まともにその眼を振向けられ自分の眼と永く視線を合せていると、自分を支えている力を暈されて危いような気がした。

偶然のように顔を見合して、ただ一通りの好感を寄せる程度で、微笑して呉れるときはともよは父母とは違って、自分をほぐして呉れるなにか暖味のある刺戟のような感じをこの年とった客からうけた。だからともよは湊がいつまでもよそばかり見ているときは土間の隅の湯沸しの前で、絽ざしの手をとめて、たとえば、作り咳をするとか耳に立つものの音をたてるかして、自分ながらしらずしらず湊の注意を自分に振り向ける所作をした。すると湊は、ぴくりとして、ともよの方を見て、微笑する。上歯と下歯がきっちり合い、引緊って見える口の線が、滑かになり、仏蘭西髭の片端が目についてあがる――父親は鮨を握り乍らちょっと眼を挙げる。ともよのいたずら気とばかり思い、また不愛想な顔をして仕事に向う。

湊はこの店へ来る常連とは分け隔てなく話す。競馬の話、株の話、時局の話、碁、将棋の話、盆栽の話――大体こういう場所の客の間に交される話題に洩れないものだが、湊は、八分は相手に話さして、二分だけ自分が口を開くのだけれども、その寡黙は相手を見下げているのでもなく、つまらないのを我慢しているのでもない。