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なるとひちょう
鳴門秘帖
吉川 英治
03 木曾の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,957 字 · 114 页
「鷭の平には?」
「見張が立った様子です」
「よし!」と森啓之助、うなずきを与えた。そして三位卿をかえりみながら、
「もう大丈夫――天魔鬼神でもこの山から踏みだすことはなりませぬ」と笑みをみせた。
「脱走を企てたのは何者か」
「御存じの、俵一八郎でござります」
「ウム、あれか」
三位卿は、安治川屋敷の雪洞と、阿波守が手に持った、ほたる斬り信国の光を想い起こした。
「森様――」とまた、樹上から樹下へ、物見の山番が呼びかけた。
「おウ、なんじゃ」と、声に応じて振りあおぐ。
「見つけたらしゅうございます。俵一八郎を、八方から一ヵ所へ、ワラワラと人数が集まって行きました」
「そうか。手もなく捕えてしまったのであろう。では降りてもよろしい」と命令した。
で、啓之助は、すっかり不安を一掃したらしく、岩の上へ腰を下ろして、三位卿へ話を向けなおした。
「あなた様もご承知でございましょう。鳩使いの天満浪人、俵同心と申した奴で」
「知っている。安治川のお屋敷へ妹を棲みこませていた者じゃ」
「その妹の鈴も、この剣山に同獄しておりましたが、極寒のうちに、凍死してしまいました。それ以来、一八郎め、ほとんど、野獣のように荒れ狂って無謀な脱走をくわだてますので、特に、山番二人と牢番一名をつけておきましたが、またもやこんな騒ぎをしでかしました」