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がちょう
鵞鳥
幸田 露伴
「日本評論」1929(昭和14)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,335 字 · 23 页
自分に対して甚しく憎悪でもしているかとちょっと感じたが、自分には何も心当りも無い。で、
「どうかなさいましたか。」
と訊く。返辞が無い。
「気色が悪いのじゃなくて。」
とまた訊くと、うるさいと云わぬばかりに、
「何とも無い。」
附き穂が無いという返辞の仕方だ。何とも無いと云われても、どうも何か有るに違い無い。内の人の身分が好くなり、交際が上って来るにつけ、わたしが足らぬ、つり合い足らぬと他の人達に思われ云われはせぬかという女気の案じがなくも無いので、自分の事かしらんとまたちょっと疑ったが、どうもそうでも無いらしい。
定まって晩酌を取るというのでもなく、もとより謹直倹約の主人であり、自分も夫に酒を飲まれるようなことは嫌いなのではあるが、それでも少し飲むと賑やかに機嫌好くなって、罪も無く興じる主人である。そこで、
「晩には何か取りまして、ひさしぶりで一本あげましょうか。」
と云った。近来大に進歩して、細君はこの提議をしたのである。ところが、
「なぜサ。」
と善良な夫は反問の言外に明らかにそんなことはせずとよいと否定してしまった。是非も無い、簡素な晩食は平常の通りに済まされたが、主人の様子は平常の通りでは無かった。