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きりん

麒麟

谷崎 潤一郎

「新思潮 第四号」1910(明治43)年12月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,040 字 · 18 页

青空文庫

妾は今先生の眼の前に、其の世界を見せて上げよう。」

かく云う終るや、近侍の宦者を顧みて、室の正面を一杯に劃った帳の蔭を指し示した。深い皺を畳んでどさりと垂れた錦の帷は、中央から二つに割れて左右へ開かれた。

帳の彼方は庭に面する階であった。階の下、芳草の青々と萌ゆる地の上に、暖な春の日に照らされて或は天を仰ぎ、或は地につくばい、躍りかゝるような、闘うような、さま/″\な形をした姿のものが、数知れず転び合い、重なり合って蠢いて居た。そうして或る時は太く、或る時は細く、哀な物凄い叫びと囀が聞えた。ある者は咲き誇れる牡丹の如く朱に染み、ある者は傷ける鳩の如く戦いて居た。其れは半は此の国の厳しい法律を犯した為め、半は此の夫人の眼の刺戟となるが為めに、酷刑を施さるゝ罪人の群であった。一人として衣を纒える者もなく、完き膚の者もなかった。其の中には夫人の悪徳を口にしたばかりに、炮烙に顔を毀たれ、頸に長枷を篏めて、耳を貫かれた男達もあった。霊公の心を惹いたばかりに夫人の嫉妬を買って、鼻をがれ、両足をたれ、鉄の鎖に繋がれた美女もあった。其の光景を恍惚と眺め入る南子の顔は、詩人の如く美しく、哲人の如く厳粛であった。