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くろいてちょう

黒い手帳

久生 十蘭

「新青年」1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,026 字 · 38 页

青空文庫

夫婦は互に目でうなずき、瞋恚と憎悪のいり交ったるごとき凄じい視線を自分のほうに送っているそれであった。

生れて以来、いまだ感じたことのないような深刻な恐怖のうちに夜を明かした。徴候を察知しようとするあまり、いささか打診しすぎ、そのために夫婦に企図を察しられてしまったのである。それはまだ疑いという程度のものであろうも、危険の程度は同じである。夫婦の計画を知っていると感づいたら、たぶん生かして置くまい。そのためには機会はあり余るほどあるのである。

一、翌朝「売薬処方便覧」でポリモス錠の処方を調べ、その丸薬には強壮素として亜砒酸の極微量が含まれていることを知った。彼女がなんの目的で亜砒酸の極微量を服用しているか、その意図はすでに明瞭である。それを極微量から大量へと漸次増量服用し、われわれと共に致死量を飲んでも生命に危害を及ぼさざらんとする目的である。自分は急いで亜砒酸の解毒薬を調べてみた。最も効果のあるのはメチレエヌ青 Bleu de M※(アキュートアクセント付きE小文字)thyl※(グレーブアクセント付きE小文字)ne の静脈注射である。メチレエヌ青……しかしそれをどうして手に入れるか。