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こくてん

黒点

豊島 与志雄

――或る青年の「回想記」の一節――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,665 字 · 62 页

青空文庫

」

寺田さんの五十円の借金証書だった。

父は二人の女の話を聞きながら、堪え難いような顔付をしていた。眉根に深い縦の皺を刻んで、顔の皮膚をくしゃくしゃにして、畳の上を見つめていた。その時くらい私は父に同情したことはない。全く穴でもあればはいりたいような様子だった。ところが、ふいに調子が一変した。

「やかましい、いいじゃねえか。出来てしまったこたあ仕方がねえ。」

女二人は突然の叫び声に飛び上るような身振りをした。

「寺田さんはそんなことをする男じゃねえ。」

母は坐り直した。

「おや、そんなことをする男じゃないんだって……それじゃあ、これはどうしたんだよ、どうしたっていうんだよ。」

そして証文と葉書とを父の前へつきつけていた。

「いつまでもそのままにしとく男じゃねえってことさ。」

「へえー、時さえ来りゃあ、二倍にも三倍にもして返してくれるというんだろう。ばかばかしい。」

父と母との見幕に驚いて、隣家のお上さんはそこそこにして帰っていった。――だが、全く厄介な目にあったのは彼女である。彼女の方では訴えも何もしなかったのに、後で警察の方からわざわざやって来て、寺田さんの書物はそっくり押収してゆき、布団は当分保管を命じていったのである。