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こくてん

黒点

豊島 与志雄

――或る青年の「回想記」の一節――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,665 字 · 62 页

青空文庫

塀を乗りこしたりしてさ……。」

「そりゃあもう夢中なんだから、それくらいのことはするだろうよ。」

「お前さんだって、」と母が口を入れた、「若い時のことを考えてごらんな。女を追い廻したことだってあるだろう。」

「ふーむ、あんなに執念深えもんかな。」

「ええ、あの人は特別なんだってさ。それをまた、お清ちゃんが嫌で嫌で、振りぬいてるもんだから、なお逆せ上っちまうんだよ。」

「ほう、いい男なのか。」

「いやな奴さ。」

それから話は、お清とその男とのことになっていった。その時聞きかじったことや後で分ったことなどを概括すれば、お清はもと静岡で女工をしていた。するうちに、そこの年若い事務員と愛し合って、何かごたごたがあって、二人で東京へ出奔してきた。男は或る保険会社の外交員になったところが、生活難や虚栄心や其他いろんなことからだろうが、半年ばかりのうちにお清は男を捨ててカフェーにはいった。そして間もなくふしだらに身を持ちくずした。その頃から、前の男が執念深くつき纒ってきた。それをお清は逃げ廻っていた。――その男というのが、父が問題にした男である。

私は眼が覚めたのを床の中にじっと我慢していたので、ひどく窮屈で息苦しかったし、また隣室の話が低くなったので、ごく大体のことしか聞き取れなかったが、父はむやみとこまかくこまかくつっ込んで