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こくてん

黒点

豊島 与志雄

――或る青年の「回想記」の一節――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,665 字 · 62 页

青空文庫

大きな鉄の扉をでも見るようだった。平素一方を向いてるかと思うと、ぎいーっと音を立てながら他方へ向いてしまう。もう何の余裕もなかった。

父の酒の量は俄に増していった。朝から酔っ払ってることが多かった。縁の下の酒甕だけでは間に合わなかった。外から買われることが多くなった。勿論それ迄だって、人の注意を避けるためだったろうが、酒は外から買われていた。それが俄に殖えていった。母がいくら云っても父はきかなかった。しまいには焼酎が買われるようになった。

焼酎を沢山飲んだことが、父の頭にはいけなかったらしい。眼瞼がたるんで、眼付が据ってきた。

お新が感冒の心地でカフェーを休んでると、或る日お清は、午過ぎからどこかへ出かけて、晩遅くなって戻って来た。そして、殆んど毎朝寄ってるくせに、大きな果物籠を下げてわざわざ見舞に来た。いい御馳走を食べたか酒でも飲んだかして、ぽーっと上気していた。

父は焼酎に酔っ払っていた。がお清が来ると炬燵から起き上って坐った。

お新は感冒と云っても大したことではなかった。

母はお清の見舞物に恐縮していた。そして皆で一時間ばかり話をした。ただ取留めもない世間話だった。