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ねずみざか
鼠坂
「中央公論」1912(明治45)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,781 字 · 16 页
それと室内の青白いような薄明りとは違うらしい。小川は兎に角電燈を附けようと思って、体を半分起した。その時正面の壁に意外な物がはっきり見えた。それはこわい物でもなんでもないが、それが見えると同時に、小川は全身に水を浴せられたように、ぞっとした。見えたのは紅唐紙で、それに「立春大吉」と書いてある。その吉の字が半分裂けて、ぶらりと下がっている。それを見てからは、小川は暗示を受けたように目をその壁から放すことが出来ない。「や。あの裂けた紅唐紙の切れのぶら下っている下は、一面の粟稈だ。その上に長い髪をうねらせて、浅葱色の着物の前が開いて、鼠色によごれた肌着が皺くちゃになって、あいつが仰向けに寝ていやがる。顋だけ見えて顔は見えない。どうかして顔が見たいものだ。あ。下脣が見える。右の口角から血が糸のように一筋流れている。」
小川はきゃっと声を立てて、半分起した体を背後へ倒した。
翌朝深淵の家へは医者が来たり、警部や巡査が来たりして、非常に雑した。夕方になって、布団を被せた吊台が舁き出された。
近所の人がどうしたのだろうと囁き合ったが、吊台の中の人は誰だか分からなかった。