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あそび

あそび

森 鴎外

「三田文學」1910(明治43)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,358 字 · 21 页

青空文庫

木村は課長がまだ腰を掛けないうちに、赤札の附いた書類を持って行って、少し隔たった処に立って、課長のゆっくり書類を portefeuille から出して、硯箱の蓋を取って、墨を磨るのを見ている。墨を磨ってしまって、偶然のようにこっちへ向く。木村よりは三つ四つ歳の少い法学博士で、目附鼻附の緊まった、余地の少い、敏捷らしい顔に、金縁の目金を掛けている。

「昨日お命じの事件を」と云いさして、書類を出す。課長は受け取って、ざっと読んで見て、「これで好い」と云った。

木村は重荷を卸したような心持をして、自分の席に帰った。一度出して通過しない書類は、なかなか二度目位で滞りなく通過するものではない。三度も四度も直させられる。そのうちには向うでも種々に考えて見るので、最初云った事とは多少違って来る。とうとう手が附けられなくなってしまう。それで一度で通過するのを喜ぶのである。

席に帰って見ると、茶が来ている。八時に出勤したとき一杯と、午後勤務のあるときは三時頃に一杯とは、黙っていても、給仕が持って来てくれる。色が附いているだけで、味のない茶である。飲んでしまうと、茶碗の底に滓が沢山淀んでいる。