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あなたもわたしも

あなたも私も

久生 十蘭

「毎日新聞」1954(昭和29)年10月29日~1955(昭和30)年3月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,405 字 · 263 页

青空文庫

この夏の終りごろまでは、サト子は、後さがりばかりしているような、無気力な女ではなかった。生きてゆくことに希望をもち、斬新な生活の方法を考えだして実行するという、張りのある世渡りをし、一日一日を満足して生きていたものだが、このごろ、心の支えがなくなったようで、すこしこみいったことになるとすぐ、どうでもいいと投げだしてしまう。

あまりひどい貧乏では困るが、見た目におかしくなければ、着るものなんかどうだっていい。食べてみたいというようなものもない。腹がふさがる程度に食べられれば、それで結構といったぐあいで、どうしたいというような欲望は、ぜんぜんなくなった。

「二十四だというのに、これはまたひどく枯れきったもんだわ」

サト子自身も、おかしいと思っている。こんなことばかりしていると、カオルが言ったように、意地の悪い、ひねくれたオールド・メードのようになってしまうのだろう。

越中島の白い煙突、黒い煙突からたちのぼる煙が、空から吹き落され、黒い靄のように掘割の水のうえを這っている。サト子は、そろそろ荒れかけてきた、さわがしい風景をながめながら、あのころ、あんなに張切っていたのはなんのせいだったろうと、しんみりと思いかえしてみた。