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あなたもわたしも

あなたも私も

久生 十蘭

「毎日新聞」1954(昭和29)年10月29日~1955(昭和30)年3月24日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,405 字 · 263 页

青空文庫

名ばかりの垣根で、育ちのわるい貧弱なマサキがまばらに立っているだけだが、その前の芙蓉が、いまをさかりと咲きほこっているので、花の陰になって、ひとのすがたは見えない。

女ではない、たしかに男……灰色のポロ・シャツを着ているらしい。

生垣のむこうは、となりの地内だから、なにをしようと勝手なようなもんだけれど、じっと垣根の根もとにしゃがんでいるのが、気にかかる。

サト子は籐椅子から腰をあげると、座敷を横ぎって、裏庭にむいた濡縁の端まで行った。

「なにか、ご用でしょうか」

生垣のむこうから、霞んだような声が、かえってきた。

「いえ」

「あいにく、叔母はおりませんけど、あたしでわかることでしたら」

芙蓉の花むらのうえに、白っぽい男の顔があらわれた。

「どなたもいらっしゃらないはずなのに、歌が聞えたもんですから……」

いまの稗搗節を聞かれてしまった。今日はうまくうたえたほうだが、自慢するようなことでもない。

「お聞きになった? あんな歌、うたいつけないんで、まずいんです」

花のうえのひとは、ほんのりと微笑した。

「なにをおっしゃいます。あまりおじょうずなので……」

第一印象は童貞……あてにはならないが、そういった感じ。