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いしがおごる

いしが奢る

山本 周五郎

「サンデー毎日臨時増刊仲秋特別号」毎日新聞出版、1952(昭和27)年10月19日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,304 字 · 45 页

青空文庫

保馬はほうと云ったきりで、自分の右の手をうち返し眺めた。彼は評判ほどではないが、色の白い、ととのった、品のいい顔だちで、眉と眼のあいだがかなりひろくあいていた。眉ははっきりと濃く尻上りであったが、眼はやさしく尻下りであった。ときどき唇をむすんで上へ歪める癖があり、そうすると調和がこわれて、親しみのある顔になるが、すましているときは、あまりととのい過ぎていて、ちょっと近よりにくい感じを与えた。いま又兵衛には保馬の態度がよくわからなかった。うちとけていいようでもあるし、そうしては悪いようでもあった。そして、そんなばあいには、早く引上げるほうがいい、ということを又兵衛は知っていた。

「ちょっとお耳にいれたいことがあったんですよ」と又兵衛は調子を変えた、「お耳にいれておくほうがいいと思うんですが、貴方が来られるというので、いろいろな噂が出ているのを御存じですか、例えば貴方が勘定吟味役として来たのだというような……」

保馬はにが笑いをしただけで、肯定もせず否定もしなかった。

「むろん私には関係のないことですが」と又兵衛は続けた、「その噂がいちばん信じられていて、事実とすれば当然ですが、ひじょうな反響をよび起しています、かれらは貴方が来たばあいに備えて、それぞれもう手段をめぐらしているくらいですよ」