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おさん

おさん

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,128 字 · 66 页

青空文庫

二合の燗徳利を四本あけるまで、参太にはわけのわからないことを、休みなしに独りで饒舌り、独りで合槌を打っていた。そして、五本めに口をつけたとき、初めて思いだしたように、盃を持った手で参太を指さした。

「おめえ、さっきなにか訊くことがあるって云ったようだな」

「たいした話じゃあねえ、おさんのことだ」と参太は云い、云ったことを打ち消すように酒をすすめた、「まあ一ついこう、たまに一度ぐらいは酌をさせてくれ」

「親方とどこで会ったっけ、柳橋か」

「親方はよしてくれ」と参太が云った、「としからいったっておめえのほうがあにきだ、作あにいと呼んでもいいか」

「としのことを云ってくれるな」作次は左手で頬杖を突き、顔を歪めた、「おさんか」と作次は遠い俤を追うような眼つきで呟いた。

「あんな女はこの世に二人とはいねえな。可愛いやつだった、頭のてっぺんから足の爪先まで、可愛さってものがぎっちり詰ってた、ほんとだぜ、この世でまたとあんな女に会えるもんじゃあねえ、一生に一度、おさんのような女に会ったら、それでもう死んでも思い残すことはねえと思う、ほんとだぜ」

作次の全感覚に、おさんの記憶がよみがえってくるのを、参太は認めた。