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おさん

おさん

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,128 字 · 66 页

青空文庫

縁のねえものを見る眼つきだった、――いっしょになって三四十日経ってから、ときどきそういう眼つきをすることがあった、おれの顔をじいっとみつめている、どこの人だろう、といったような眼つきで、そこにおれという人間のいることが腑におちない、といったような眼つきだった、――山谷のうちでは、それよりもっとよそよそしい、あかの他人を見るような眼つきなんだ、薄情も情のうちと云うが、そんなものさえ感じられなかった、それでおれは帰って来ちまったんだ」

参太は彼に酌をしてやり、それから静かな声で云った。

「大鋸町のうちへ帰るほうがいいな」

作次はゆっくり参太を見た、「大鋸町がどうしたって」

「おかみさんや子供たちが待ってる、そっちのけりがついたんなら、いいかげんにうちへ帰るほうがいいと思うがな」

「死人にうちがあるか」と作次は云った、「おれは死んじまった人間だ、ここにいるおれは」と彼は右手で自分の胸を掴んだ、「このおれは、死骸も同然なんだ、それがおめえにわかるか」

「とにかく、大鋸町ではみんなが待っているぜ」

「おめえ、なんてえ名だ」ふっと作次の眼が光った、「さっき誰だとか云ったっけな」