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おばなさわ

おばな沢

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,479 字 · 45 页

青空文庫

彼の母のほうへ預けさせようなどとは思わなかった。自分と英之助とはもう離すことはできない、自分は彼を信じ、彼の望むようにしていればいい。節子は静かな安定した気持でそう思っていた。

――四月のあの日には必ず来ます。

彼の言葉はいつまでも耳に残った。その声の余韻までがなまなましく聞え、ふっと血の騒ぐこともたびたびあった。節子は母に隠れて、彼のために肌の物を少しずつ縫った。三月には兄といっしょに尾花沢へゆこう、彼はどんなによろこぶだろうか、そのときまでどうか病気がおちついていて呉れるように、――彼が子供のように狂喜するさまを想像しながら、そしてこれまでになく躯のぐあいを気にしながら、節子はひまをみては針を手にした。

兄はないしょにするつもりらしかったが、あに嫁のふとした口からもれた。泰馬が三月十一日に二回目の出張をするという、節子は気づかないふりをして、ひそかに身のまわりの準備をしていた。

節子のやりかたは成功した。十日の夜、父母と兄のいる前で、自分も明日いっしょにゆくこと、支度もすっかりできたということを告げると、三人とも絶句したような顔で、暫くなにも云えないふうだった。