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おばなさわ
おばな沢
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,479 字 · 45 页
「大丈夫か、苦しくはないか」
兄は戻って来ては心配そうに覗いた。
「遠慮はいらないんだよ、辛かったら休んでもいいんだぜ、むりをするなよ」
節子は元気に笑ってみせた。駕籠に乗るというのも、さほど楽なものではない。かなり疲れていたが、気持はもう飛ぶようで、少しのまも休むのは惜しかった。
峠の頂上へ出たところで、道は枯れた叢林の中を右へ折れた。まっすぐゆけば隣藩になるそうで、明るくうちひらけた平野の一部がちょっと見えた。本道から三十間ばかり、細い道をだらだら下りてゆくと、木の柵をまわした番所の建物の前へ出た。
――節子は駕籠から出たとき、ひどく昂奮していて、下女のそろえて呉れる草履がなかなかはけなかった。杉林に囲まれた番所は古いが、そこから一段さがって新しい建物がある、それがこんど急造した小屋なのだろう。
――あそこに暮していらっしゃるのだ。
その人はそこにいるのだ。こう思うと胸苦しいほど動悸が高くなり、頭がくらくらするようだった。
泰馬はまっすぐ番所へはいっていった。節子はあたりを眺めながら暫く息をつき、動悸のおちつくのを待ってはいっていった。
――そこは暗い土間で、奥の左右に障子を立てた部屋があり、つき当りは杉戸になっていた。