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おばなさわ

おばな沢

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,479 字 · 45 页

青空文庫

その土間に兄のうしろ姿と、こっち向きに相良桂一郎が立っていた。

二人は顔をつき合わせるようにして、低い声でなにか話していた。久しぶりに見る相良は寝くたれたような身なりで無精髭を伸ばし髪も乱れたまま、ひどく憔悴した顔をしていた。節子がはいってゆくとすぐ、相良は黙ってこちらへ目礼して、泰馬になにか囁いた。――兄は振向いてこっちへ来た。そして節子の肩へ手をかけながら、

「出よう」

と云った。

「悪いときに来た、戸田には会えない」

「――どうしてですの、お兄さま」

「わけはあとで話す、とにかく出よう」

「――なにかありましたのね」

節子はじっと兄の顔を見あげた。

「――あの方、おけがをなすったのでしょう」

節子は兄の手を払いのけ、すばやい動作で相良の前へいって立った。泰馬は叱りつけるように、

「節子」

と叫んだが彼女は刺すような眼で相良を見、そして云った。

「戸田はどこにおりますの、相良さま、会わせて下さいまし、わたくし戸田の妻でございます」

相良の眉がしかみ、唇が歪んだ。しかし静かな眼で節子を見まもり、やがて頷いて、どうぞこちらへと奥へ導いた。土間の左がわのいちばん端へゆき、その障子を明けると、彼は身をひらいてこちらへという手まねきをした。