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おばなさわ
おばな沢
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,479 字 · 45 页
未明の霧がゆれ、誰かが坂道を登って来る、それはしだいに近くなり、やがて英之助だということがはっきりする。
藪の蔭にいる人間は身構えをし、きりきりと弓をひき絞る。英之助はなにも知らない、足もとに気をとられて、ゆっくりと登って来る、間合は絶好だ。狙いも慥かである、そして弓弦が鳴る。
「――ああっ」
節子は声をあげた。幻想はいつかのものとそっくりであるが、もの蔭にひそんでいる人間だけが違う、いま節子に見えるのは土民ではない、それは相良桂一郎であった。
「あなたは、そのとき、……戸田の死体をみつけたとき、あなたのほかに誰かいっしょにいらしったのですか」
殆んど問罪の調子でこうきいた。
「いや私ひとりでした」
「まだ暗いうちと仰っしゃいましたわね」
「そうです、ほのかに明るいくらいでした」
「そしてその矢は、戸田を射た矢は、土民のものでございましたか」
相良はぎょっとしたようにこちらを見た。節子はその眼を放さずみつめながら、たかぶってくる感情を抑えて続けた。
「いつか番所の武器庫から、弓と矢が盗まれたと聞きました、戸田を射た矢は、もしかするとそのときのものではございませんか」