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おばなさわ

おばな沢

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,479 字 · 45 页

青空文庫

十

節子が泣きだしたのは、兄が去っていったあとのことである、心配してみに来た母にもいってもらい、夜具をかぶって、身をふるわせて、声を忍んで泣いた。

「――可哀そうな戸田さま」

泣きながらそう囁やいた。

「――節子に貧乏をさせたくなかったのね、節子をよろこばせて、節子の心を絶えずひきつけておかなければ、安心することができなかったのね、あなたをそんなふうにしたのはわたくしよ、堪忍して下さいましね」

十

泰馬の話は疑う余地はなかった。なにもかもあまりに明瞭である、けれども節子は却って心がおちつき、なにかしら重い荷をおろしたような、割切れた楽な気持になった。顔つきも明るくなり、あに嫁ともすっかりなじんでいっしょに声をあげて笑うようなことも、珍しくはなくなった。

「――とうとう結婚できませんでしたわね」

独りでいるときには、そこにいる人を見るような眼で、微笑しながらよくそう囁いた。

「――節子の躯ももう結婚はできないでしょうって、わたくし持仏堂を建てて頂きますの、お輿入れの費用では足りませんかしら、……でもよろしいわ、一生のあまえ納めにおねだりするつもりよ」

その人は頷き、静かな邪気のない顔で笑う、白いきれいな八重歯がみえる。