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おばなさわ

おばな沢

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,479 字 · 45 页

青空文庫

母は気にするようすもなく、安穏な顔つきで立っていった。

節子は独りになってから、英之助の手紙をとり出して読みなおしてみた。七通あるうちの四通めから、尾花沢の生活ぶりが少しずつ書いてある。ごく断片的で、どことなくぼかしたような筆つきであるが、彼が二十人の弓組を支配していること、増築した番所がほんの仮小屋で、冬になったらさぞ寒いだろうということ、勤務というほどのものはないが、絶えず危険に備えていなければならないことなど、そうしてこれらの事は決してひとに話さないようにと、くどく念が押してあった。

父の三郎左衛門は筆頭年寄役だし、兄は奉行職寄合所の考査役だから、藩の重要な事は知っていなければならない。

もちろん知っていても家庭などでそんな話をするわけはないが、出入りの人も多いし言葉の端はしや動静で、どうしたってわからずにはいないものだ。――

それが尾花沢については、英之助が支配になってゆくまでわからず、彼が出張して八十日ちかく経っているのに、なにひとつ知ることができないのである。

尾花沢は大仏山の嶮しい嶺つづきで、隣藩との境界に当り、古くから番所があった。