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おもかげしょう
おもかげ抄
山本 周五郎
「キング」大日本雄弁会講談社、1937(昭和12)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,947 字 · 22 页
六
「どうなされた――?」
「は、いや」
「粗末ながら吟味をさせてござる、御遠慮なくどうぞ」
孫次郎は答えもなく、ただ静かに会釈をしたが、その眼は熱くうるんでいた。やがて面をあげると、
「お赦し下され」
と嗄れた声で、「急用を忘れて居りました、甚だ失礼ながら、今日は是にて」
「まあ宜いではござらぬか」
「いや、急ぎの用事ゆえ」
と孫次郎は座を辷り、
「お菓子は頂戴仕る」
そう云って敷紙へ菓子を包むと、
「ではもう一杯茶を召上って、――」
と云う源左衛門の言葉を、振切るようにして立上った。
六
家へ帰って来た孫次郎は、そのまま仏間へ入って経机の上へ菓子の包を供えると、崩れるように其所へ坐って、
「椙江」
せきあげるように云った、「そなたの好きな蒸し菓子だぞ、そなたの好きな……」
う、う、と喉を絞る嗚咽。
「生前あれほど欲しがっていた菓子が、今になって手に入った、そなたが死んだ今になって二百石の仕官、――今になってこの蒸し菓子がなんになる、二百石がなんになる。出世がなんになるのだ。……嫁して来るが否や主家を浪人して五年、家柄に育ってなんの苦労も知らぬそなたが、無残な貧に痩せて行く姿。