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おもかげしょう
おもかげ抄
山本 周五郎
「キング」大日本雄弁会講談社、1937(昭和12)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,947 字 · 22 页
「ふうん、たいした代物だな」
猪之松の店の者で吉公という口の軽いのが、待兼ねたように乗出して、
「そう云えばあの浪人、米の一升買いから八百屋の買出しまで自分でやらかすぜ」
「本当かいそれあ――」
「一度や二度じゃねえ、おいら現に見ているんだ、あの通り五段目の定九郎てえ男振で、それこそ芋を少々……なんて図は珍なもんだったぜ」
「だからよ」
金八が我意を得たりという顔で、
「本名は鎌田孫次郎かも知れねえが、彼あ甘田甘次郎が本当だと云うんだ」
「女房に甘次郎か」
わっとみんなが笑いだした時、吉公の横鬢がぴしゃりと鳴った。
「あいて」
恟りして振返ると、
「この馬鹿野郎」
ともうひとつ。いつか背後へこの家の隠居六兵衛が来ていた。
「いま聞いてれあ甘田甘次郎だと? 此奴らとんでもねえ事を云やあがる、手前っち馬子や駕舁夫と違って、お武家には格別心得のあるものだ。奥様を大事になさるにも何か深い訳があるに相違ねえ、つまらねえ蔭口なんぞ云やがると承知しねえぞ」
「それだって隠居さん、馬子も侍も人情に変りはねえでしょう、飴ん棒は矢張り飴ん棒じゃ有りませんか」
「だから手前っちは盲目だってんだ、鎌田さんの顔をよく拝見しろ、あれが普通のこって女房にでれつく顔かよ、あんな立派な人品は千人に一人ということだ」