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おもかげ
おもかげ
宮本 百合子
「新潮」1940(昭和15)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,997 字 · 20 页
そしてダーシャが過去の云いかたでそれを語った、そのことについて思った。
その下宿に滞在する最後の週に朝子は国から電報以来初めての手紙をうけとった。封筒は父の筆蹟であった。なかも父だけが書いていた。お前が知りたいだろうと思うから苦痛を忍んで書くという前置で、細々と前後の有様が述べられていた。保は温室のメロンにつかう薬品で死んだのであった。「その二三日来特に暑気甚しく」というようなところに父だけおいて皆は避暑に行っている留守の家の気配や父親としての追懐が滲み出ていた。白絣にメリンスの兵児帯をしめた保はその日の午すこし前、女中部屋のわきを通って、ちょっと友達のところへ行って来るよ、と云ったそうだ。昼飯はあっちで食うからいいよ。女中が、では晩はどうするかときいたら、歩きながら、それもついでに御馳走になって来ようか、少し図々しいかな、と笑って門の方へ出て行った。それから戻ったことは誰も知らなかったのであった。
九月初旬の日曜で、表側の朝子の部屋は人通りがうるさく、素子の室で、朝子は読み終った分から一枚ずつ書簡箋を素子にまわした。二日経って漸々保が発見された時、猛毒アリと大きく書いた紙が貼ってあって半地下室へ入れず、外から僅にガラスを破壊して一刻も早く空気交換をせんとすれども、折から雨にて余の手にある煽風機は間もなく