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しんぱくのはなし
しんぱくの話
小川 未明
「民政」1933(昭和8)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,076 字 · 7 页
そして、やがて同じように、しんぱくの前に立って、主人から話をきかされていました。
「それは、人間のちょっとゆけるような場所でありません。高山の、しかも奥深い嶮岨ながけの岩角にはえて、はげしいあらしに吹かれていた木です。このしみは、なだれに打たれた傷痕でございます。」
「一度そういう山へ、登ってみたいと思いながら、私たちには、そんな元気がない。せめてこの木でもながめて、あこがれた山へいったつもりでいましょう。」
紳士は、高価な金を払って、しんぱくを車の中へ持ち込みました。このとき、しんぱくは、命を賭けて取り、育ててくれたほどの人が、金銭で売ってしまった、その愛について疑わずにはいられなかったのでした。しかし、これが人間社会の掟でもあろうかと思ったのであります。
ついに、しんぱくは、岩頭のかわりに、紫檀の卓の上から垂れたのでした。そして、星のかわりに、はなやかな電燈が照らしたのでした。そして、周囲を舞うものは、あの可憐ないわつばめでなくて、人間の美しい男女らでした。きくのはあらしの唄でなく、ピアノの奏楽でした。この息詰まる空気の中で、木は、刻々に自分の生命の枯れてゆくのを感じながら、「見ぬうちは、みんながあこがれるが、おとぎばなしの世界はけっしてくるところでなく、ただ、きくだけのものだ。